退職金ぶちこみ太郎です。



「めぐみに会いたい」

そう訴え続けた父の願いは届きませんでした。

北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの父、滋さんが亡くなりました。87歳でした。

拉致問題解決を訴える家族らの中心的な存在だった滋さんの死に衝撃が走りました。

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1977年、幸せな日々を過ごしていた横田一家の生活が一転します。

横田めぐみさんが行方不明になったからです。横田滋さんは行方不明者を捜すTV番組にも出演し、娘の情報を懸命に求め続けてきました。

20年間懸命に探し続け、ついに脱北者の証言でめぐみさんが拉致された情報がもたらされました。




横田滋さんは娘を取り戻すために活動を始めました。支持を得るために街頭に立ち、必死でビラを配りました。

ですが、日本国民の目は冷やかで「拉致なんて存在しない」暴言を吐かれ、ビラをたたき落とされることもあったそうです。




2002年初の日朝首脳会談で北朝鮮は拉致を認めて謝罪したが、めぐみさんは8人は「死亡」と伝えられました。

滋さんは記者会見で涙をこぼし、「いつ死んだかさえわからないものを、信じることはできません」と訴えました。

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しかしながら、結局、娘を北朝鮮から取り戻すことは出来ませんでした。

時が過ぎるのは残酷で、拉致家族の親は2名を残して、全員が亡くなったことになります。

「子供に会いたい」という願いは親として当然の想いあり、それすらも叶わない拉致家族は本当に気の毒で、一刻も早い解決が望まれます。






それにしても…
日本は何故、横田めぐみさんの救出が遅れたのか?





・・・・・・・・・・・・・・・。






様々な要因がありますが、その一つとして政治的な妨害工作があったことが挙げられます。






当時、最大野党であった社会党は北朝鮮と緊密な関係で拉致は存在しないと主張していました。

日本の国会議員でありながら、横田めぐみさんの救出どころか、妨害工作を行い、北朝鮮を擁護し続けました。

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まさに左翼の国会議員は北朝鮮とズブズブの関係だったのです。

社会党からの妨害活動も徹底していました。

北朝鮮の拉致は日本警察のでっち上げである旨の主張を繰り返していました。


土井たか子は、党の公式サイトで北朝鮮による日本人拉致事件を「拉致は創作された事件」と主張した論文を事件が明るみに出た後も、削除せず掲載し続けていた。

ウィキペディア
なんと、北朝鮮の犯罪が明るみになった後も論文を削除せず、北朝鮮を擁護していたのですから驚きです。

社会党の支持者から「拉致は存在しない」と罵声を受けることもあったそうです。

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北朝鮮の拉致が初めて報道されたのは1990年の産経新聞社の阿部雅美記者による大スクープだったのですが、(後に新聞協会賞を受賞)産経新聞以外は追随することはありませんでした。

朝日新聞など大手メディアは一切、報道せず、日本社会から黙殺され、このスクープが社会から注目されるまで8年もの年月が掛かってしまいます。


産経は「ナゾの蒸発」「外国情報機関が関与?」などの見出しで、日本人拉致事件を初めて報じた。

当時の日本では社会党をはじめ親北朝鮮勢力が政界で幅を利かせており、他のマスメディアも「サンケイは公安警察の情報に踊らされている」などとして追随して報道することは無かった。


ウィキペディア




横田滋さんにとって「めぐみさん」救出をする前に日本の新聞社と日本の国会議員と闘う必要があったのです。

しかし、日本社会を変えるには時間が足りませんでした。

拉致から40年…無情にも時を無駄に浪費し、救出は間に合いませんでした。
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ところが、見事な手のひら返しをしているのが社会党です。

党首である福島氏はTwitterで、


横田滋さんが死んだと同時に
「生きている間に拉致問題が解決できずに申し訳ありません」
と述べ、拉致家族の心情を逆撫でしているのです。





煽ってるのかな?
白々しくてイラッとします
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どの面下げてお悔やみしてるのかな?




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